ACT19 100日間の祈り 第50日目 ヨハネによる福音書4章27-42節

 そのとき、弟子たちが帰って来て、イエスがひとりの女と話しておられるのを見て不思議に思ったが、しかし、「何を求めておられますか」とも、「何を彼女と話しておられるのですか」とも、尋ねる者はひとりもなかった。この女は水がめをそのままそこに置いて町に行き、人々に言った、「わたしのしたことを何もかも、言いあてた人がいます。さあ、見にきてごらんなさい。もしかしたら、この人がキリストかも知れません」。人々は町を出て、ぞくぞくとイエスのところへ行った。その間に弟子たちはイエスに、「先生、召しあがってください」とすすめた。ところが、イエスは言われた、「わたしには、あなたがたの知らない食物がある」。そこで、弟子たちが互に言った、「だれかが、何か食べるものを持ってきてさしあげたのであろうか」。イエスは彼らに言われた、「わたしの食物というのは、わたしをつかわされたかたのみこころを行い、そのみわざをなし遂げることである。あなたがたは、刈入れ時が来るまでには、まだ四か月あると、言っているではないか。しかし、わたしはあなたがたに言う。目をあげて畑を見なさい。はや色づいて刈入れを待っている。刈る者は報酬を受けて、永遠の命に至る実を集めている。まく者も刈る者も、共々に喜ぶためである。そこで、『ひとりがまき、ひとりが刈る』ということわざが、ほんとうのこととなる。わたしは、あなたがたをつかわして、あなたがたがそのために労苦しなかったものを刈りとらせた。ほかの人々が労苦し、あなたがたは、彼らの労苦の実にあずかっているのである」。さて、この町からきた多くのサマリヤ人は、「この人は、わたしのしたことを何もかも言いあてた」とあかしした女の言葉によって、イエスを信じた。そこで、サマリヤ人たちはイエスのもとにきて、自分たちのところに滞在していただきたいと願ったので、イエスはそこにふつか滞在された。そしてなお多くの人々が、イエスの言葉を聞いて信じた。彼らは女に言った、「わたしたちが信じるのは、もうあなたが話してくれたからではない。自分自身で親しく聞いて、この人こそまことに世の救主であることが、わかったからである」。

感じた事、心に響いたところです。各時代の希望です

「イエスは弟子たちに、「わたしは、あなたがたをつかわして、あなたがたがそのために労苦しなかったものを刈りとらせた。ほかの人々が労苦し、あなたがたは、彼らの労苦の実にあずかっているのである」と言われた(ヨハネ4:38)。救い主はここでペンテコステの日の大収穫を予見しておられた。弟子たちはこれを自分たちの努力の結果とみなすべきではなかった。彼らは他の人々の働きに加わっているのであった。アダムが堕落してから後ずっとキリストは人の心の中にまくために、選ばれたしもべたちにみことばの種を託してこられた。そして目に見えない作用、しかも全能の力が、収穫を生じさせるために、無言のうちに効果的に働いてきた。真理の種に活力と栄養とを与えるために、神の恵みという露と雨と日光が与えられてきた。」

ACT29 多くの人々がペンテコステのような一日に3000人のバプテスマなど大収穫があると、これこそ聖霊の神さまの御業だ、と思い あこがれます。これこそ本物の大リバイバルであると。

しかし、イエスさまははっきりとそれは他の人の労苦の結果、とおっしゃっておられます。素晴らしい聖霊降下、偉大な神さまの偉大なお働きは、その時は刈り取らなかった、種をまいたその方々にも力強く働いておられ、そして偉大な人を生まれ変わらせる聖霊の神様が成長させて下さっておられました。こちらもペンテコステと何ら変わりない聖霊の神さまの大リバイバルです。

「イエスがヤコブの井戸のそばに腰をおろして休まれた時、彼はこれまで伝道してほとんど実を結んでいないユダヤからおいでになった。彼は祭司たちとラビたちからしりぞけられ、イエスの弟子であることを告白している人たちでさえイエスの神としての性格を認識していなかった。イエスは疲れ、弱っておられた。それでも彼は、他国人であり、イスラエルの異邦人であり、あきらかに罪のうちに生活している1人の女に語りかける機会をのがされなかった。」

好きなイエスさまのお姿です。福音が伝わらないな~と思っている時にリバイバル、ゴールデンタイム、 チャンスを失うことのないようにしたいものです。

サマリヤ伝道では弟子たちが3000人にバプテスマを授けたという記録はありません。あの12使徒でさえ、小さなことと思っていました

「説教を聞いているのはたった1人であるかもしれないが、しかしその影響がどれほど遠大なものであるかをだれが知ることができよう。救い主がサマリヤの女のために時間を費されたことは、弟子たちにとってさえ小さなことに思われた。しかしイエスは、王や議官や大祭司たちに対するよりももっと熱心に、雄弁に論じられた。イエスがその女にお与えになった教訓は、地のはてにいたるまでくりかえされた。」

このわずか2日間も、イエス様の、聖霊の神さまの偉大な御業、大リバイバルであったことは間違いありません。

今まで、多くの人々が集会に、講壇からの雄弁に期待して、何もしないで待っていて、素晴らしい集会を経験し、集会が終わって、結局何もしないで1年を無駄にしてきました。

ACT29 使徒行伝28章の最後の節です。

「パウロは、自分の借りた家に満二年のあいだ住んで、たずねて来る人々をみな迎え入れ、はばからず、また妨げられることもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えつづけた。」

ペンテコステではないこの2年間、聖霊降下、リバイバルはなかったのでしょうか。使徒行伝全体は素晴らしい聖霊の神さまのリバイバルの時でした。ACT29も今日、今、現在進行中です


祝福の山です「キリストに従う者は、もはや神や真理のために、公然と積極的に働くことができなくなっても、もう奉仕することも報いをいただくこともできないなどと考えてはならない。キリストの真の証人は、決してその務めを解かれることはない。彼らが健康な時でも病の時でも、生きていようが死んでいようが、神はなお彼らをお用いになる。」


各時代の希望です

「サマリヤの女は、このお方が救い主であるということがわかるとすぐにほかの人たちをみもとにつれてきた。彼女は、イエスご自身の弟子たちよりも有能な伝道者であることがわかった。」

この一人のサマリヤの女の人は12使徒よりも有能な伝道者になり、今この瞬間も、世界中に語っています。

ACTS29 50日目 

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