100日間の祈り 3日目 ユナイテッドプレイヤー 2026年5月5日
「そのころ、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。これは、クレニオがシリヤの総督であった時に行われた最初の人口調査であった。3人々はみな登録をするために、それぞれ自分の町へ帰って行った。」
この人工調査は、税金を納めるためのもの。当時の人々にとっても嫌な事だったに違いない。しかも、わざわざ旅をして自分の町へ帰って登録をしなければならない。おそらく、費用も出ない。どれだけ嫌な事だったことだろう。また
しかし、この嫌なことによって マリヤとヨセフはベツレヘムに行き、聖書の預言が成就する。
「全世界の人口調査」とあるので、全世界、つまり、イエス様のお誕生の出来事がこの人工調査と結び付けられている。それは福音に大きな印象を与えた事だろう。
「クレニオがシリヤの総督であった時」 イエス様のお誕生が、歴史的証拠、あかしになっている。
新型コロナパンデミックの時にネット伝道は、びっくりするほど広がっていった。
世界情勢をこのようにとらえることがどんなに重要な事だろう。
皇帝や大統領、首相への愚痴で終わってしまわないために。
「天使たちは、ヨセフとマリヤがナザレの家からダビデの町へ旅をしているのにつきそっている。ローマ帝国の広大な領土の民族を登録する法令がガリラヤの山間の住民たちにまで及んだ。昔イスラエル人の捕虜を解放するためにクロスが世界帝国の王位に召されたように、シーザー・オーガスタスは、イエスの母をベツレヘムに行かせることによって、神の御目的を成就する代理者とされる。」各時代の希望 第4章 あなたがたのために救い主が
世の中の流れを見ている時も、嫌なことが起こっても、天の視点で見ている必要がある。
「ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。それは、すでに身重になっていたいいなづけの妻マリヤと共に、登録をするためであった。」
簡単に書いてあるが、これは奇跡。ヨセフさんにとってどんな気持ちだったのだろう。なんと美しい心、なんと美しい家族なのだろう
「夫ヨセフは正しい人であったので」本当にそうだと思う
「ところが、彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満ちて、初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。
さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。」
純粋にわたしもイエス様にお目にかかりたい。
マリヤさんがイエスさまを布でくるみ、飼い葉おけに寝かせた時、どんな気持ちだったことあろう。しかし、この同じ言葉が天使の方によって繰り返されている。
え?嫌だな?と思えることでも、聖書の御言葉通りになっている、聖書の御言葉が成就していることがある。
「するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使と一緒になって神をさんびして言った、
「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。
御使たちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼たちは「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせ下さったその出来事を見てこようではないか」と、互に語り合った。
そして急いで行って、マリヤとヨセフ、また飼葉おけに寝かしてある幼な子を捜しあてた。」
イエス様にお会いする時には急いで行かなければならない。
捜しあてた、とあるので、一回で見つからなかったのだろう。神さまが仰せになった事でも、スムーズに流れないことがある。しかし、捜すことによって、この良きおとずれ 福音は夜の街に広がった事だろう。すぐに結果が出なくても、捜していること自体が福音になることがある。
どこへ福音の網をおろすか。どこへ伝道すべきか、どのようにすべきか、捜している時も、それは意味がある。神さまの御働きなら、スムーズにトントン拍子に行くように思われるが、そうでないこともある。しかし、そうでないことが重要な意味を持つことがある。
ネット伝道の最初は全然ダメだった。あまりにダメなので、「神さま、どこへ網、ネットをおろせばよいのですか」と祈った時に「彼らのいるところで」との御言葉が与えられ、自分が考えてもみない、興味分野へ配信したら、すごい反応があった。今でも、それがあかしになっている。
「彼らに会った上で、この子について自分たちに告げ知らされた事を、人々に伝えた。人々はみな、羊飼たちが話してくれたことを聞いて、不思議に思った。しかし、マリヤはこれらの事をことごとく心に留めて、思いめぐらしていた。」
ここがかなり重要、羊飼いたちは、この出来事を自分たちだけにしまっておく人々ではなかった。人々に伝える人々であった。
こういう人々に天の事物は明らかにされる。
人々のリアクションが興味深い。羊飼いは大喜びで伝えたに違いない。しかし、人々には喜びが伝わっていないように思える。「不思議に思った」
喜ぶ人に天の啓示は与えられるのか。相手に喜びが伝わらなくても、羊飼いたちは神さまを褒め称えている。
人は素晴らしい、愛に溢れた、罪のない天使にお会いしても、神さまの素晴らしい栄光がめぐり照らしても、非常の恐れることがある。
「羊飼たちは、見聞きしたことが何もかも自分たちに語られたとおりであったので、神をあがめ、またさんびしながら帰って行った。」
おそらく、時は夜。街灯もない。真っ暗な夜。しかし、彼らは神さまをあがめ、讃美しながら、彼らの職場、夜勤の職場へ戻っていった。
この出来事が2000年間、響き渡るとは想像をしていなかったことだろう。
しかし、誰がこの出来事をルカさんに教えたのだろう。
おそらく一人はマリヤさん、しかし、不思議に思った、その時には喜びをもって受け取らなかった「不思議に思った」人々も教えただろう。神さまのあかしは、その時には反応が薄くても 一つも無駄にならない。
「だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。」コリント人への第一手紙15章
コメント
コメントを投稿