100日間の祈り 25日目 ユナイテッドプレイヤー 2026年5月27日 ヨハネによる福音書9章1-12節
イエスが道をとおっておられるとき、生れつきの盲人を見られた。
2 弟子たちはイエスに尋ねて言った、「先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか」。
3 イエスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。
4 わたしたちは、わたしをつかわされたかたのわざを、昼の間にしなければならない。夜が来る。すると、だれも働けなくなる。
5 わたしは、この世にいる間は、世の光である」。
6 イエスはそう言って、地につばきをし、そのつばきで、どろをつくり、そのどろを盲人の目に塗って言われた、
7 「シロアム(つかわされた者、の意)の池に行って洗いなさい」。そこで彼は行って洗った。そして見えるようになって、帰って行った。
8 近所の人々や、彼がもと、こじきであったのを見知っていた人々が言った、「この人は、すわってこじきをしていた者ではないか」。
9 ある人々は「その人だ」と言い、他の人々は「いや、ただあの人に似ているだけだ」と言った。しかし、本人は「わたしがそれだ」と言った。
10 そこで人々は彼に言った、「では、おまえの目はどうしてあいたのか」。
11 彼は答えた、「イエスというかたが、どろをつくって、わたしの目に塗り、『シロアムに行って洗え』と言われました。それで、行って洗うと、見えるようになりました」。
12 人々は彼に言った、「その人はどこにいるのか」。彼は「知りません」と答えた。
生まれつき盲人の方に焦点があてられがちですが、弟子たちに焦点を当てたいと思いました。
「先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか」。
つまり、自分たちは違うでしょう・・・と思っていた。この盲人よりも罪深くないのだと。
そこで、
「イエスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。わたしたちは、わたしをつかわされたかたのわざを、昼の間にしなければならない。夜が来る。すると、だれも働けなくなる」
そしてこの盲が、このあと弟子たちよりも素晴らしいあかしをすることになります。
「はじめて盲人は、自分を救ってくださった方のお顔を見た。会議の場所では、この男は、両親が困り、当惑しているのを見た。彼は、ラビたちのふきげんな顔を見た。いま彼は、イエスのやさしい、平和な顔つきに目をとめた。すでに彼は、わが身の不利益もかまわずに、イエスが天来の力の代表者であられることを公然と認めていた。そこでいま彼にもっと高い啓示が与えられた。
「あなたは人の子を信じるか」との救い主の質問に、盲人は答えて、「主よ、それはどなたですか。そのかたを信じたいのですが」とたずねた(ヨハネ9:36)。するとイエスは、「あなたは、もうその人に会っている。今あなたと話しているのが、その人である」と言われた(ヨハネ9:37)。男は、救い主の足下にひれ伏して主を拝した。彼は肉眼が見えるようになったばかりでなく、さとりの目も開かれたのだった。彼の魂にキリストがあらわされたので、彼は、キリストを神からつかわされたお方として受け入れた。」
主を拝した つまりこの方はイエス様が礼拝、つまり神様であることが分かった。
どうしてわかったのだろう。さとりの目が開かれた。「すでに彼は、わが身の不利益もかまわずに、イエスが天来の力の代表者であられることを公然と認めていた。そこでいま彼にもっと高い啓示が与えられた。 」ここなのだろうな、と思っています
「天来の力のあらわれは、この盲人に肉眼の視力と霊的視力とを与えたが、それはまたパリサイ人を一層深い暗黒のうちに残した。聴衆の中のある者たちは、キリストのみことばが自分たちにあてはまると思って、「それではわたしたちも目が見えないのでしょうか」とたずねた(ヨハネ9:40)。イエスは、「もしあなたがたが盲人であったなら、罪はなかったであろう」と答えられた(ヨハネ9:41)。もし神が、あなたがたが真理を見ることができないようにされたのだったら、あなたがたの無知に罪はない。しかし今あなたがたは見えると言う。あなたがたは自分は見えると信じて、目の見える唯一の方法をこばんでいる。自分の必要を認めるすべての者のために、キリストは無限の助けをもってこられた。だがパリサイ人たちは、必要を告白しようとしなかった。彼らは、キリストのみもとに行くことをこばんだ。だから彼らは、盲目のままにとり残された。その盲目は、彼ら自 身の罪である。イエスは「あなたがたの罪がある」と言われた(ヨハネ9:41)。」
必要を告白しなかった、これなのだろうな、と思っています
コメント
コメントを投稿