約束の相続人 望みを抱く捕らわれ人 安息日学校ガイド 2025年第4期 9課

約束の地の分配 アブラハムさんは一歩の幅の土地もいただかなかった 使徒行伝7章

モーセさんは約束の地に足を踏み入れることすら許されなかった

イエスさまは約束の地で「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない。」

と仰せになられた。

その土地の分配

「土地の分配についてのもう1つの要求は、カレブの精神と全く異なった精神をあらわしていた。それ はヨセフの子らであるエフライムの部族とマナセの半部族から持ち出されたものであった。この部族は人数が多いことから、2倍の地域を要求した。彼らのために指定された土地は最も肥えた土地で、シャロンの肥沃な平野を含んでいた。しかし、谷間の主要な町の多くは、まだカナン人が占領していたので、この部族は彼らの領地を征服するほねおりと危険にしりごみし、すでに平定された地域を余分につけ加えてほしいと希望した。エフライムの部族はイスラエルの最も大きい部族の1つで、また、ヨシュア自身の属している部族であったので、彼らは当然特別な考慮をしてもらう資格があると考えた。「わたしは数の多い民となったのに、あなたはなぜ、わたしの嗣業として、ただ1つのくじ、1つの分だけを、くださったのですか」と彼らは言った(ヨシュア17:14)。しかしこの妥協することを知らない指導者に、厳格な公正を曲げさせることはできなかった。 」人類のあけぼの 第48章 カナンの分配

聖書の驚きの場所です。え?くじで決めちゃうの? しかも、上の例外もありますが、皆さん全員従っている・・・聖書の中の驚異的なところです。

遺産相続でこれをやったら、「もめるだろうなあ」

まあ、野球のドラフト会議でもくじだし・・・それで人生決まっちゃう???

しかし、ヨシュアさんのおられた時には、アカンのこともあったし、神さまの御手があるから、くじにて神さまのみ旨が現わされている。きちんとした信仰を持っていることがいかに重要であるかを物語っている

モーセさんがあれほど入ることを願い、嘆願した乳と蜜の流れる地、約束の地で、どんどん堕落していくイスラエル人は 士師記ではその約束の地で悲惨な状況になっている。

今、約束の地にいるネタニアフさんの顔を見るたび、幸せそうではない。

環境要因は幸せとどのくらい関係があるのだろう。

自分の好きな土地を選んでいたら、内部抗争にならなかっただろうか。

そもそも幸せって何なのだろう。

天国に入っていても、罪を犯したアダムさんとエバさんは幸せではなかった

「罪人は神のみ前では楽しむことはできません。彼らは、清い人々との交わりを避けようとします。たとえ天国に入ることが許されても、少しも喜びとはならないでしょう。天国では無我の愛の精神が満ち満ちていて、限りない神の愛をすべての心が反映しているのですが、そうした精神も、罪人の心にはなんの感動も与えないことでしょう。」キリストへの道 キリストの必要

とすると・・・私たちもまた、環境要因に関わらず・・・荒野にいても、約束の国、乳と蜜の流れる地にいても、士師記でも、ダビデさん、バビロン、新約聖書の時代でも・・・しあわせになるとは限らない?

とすると、しあわせは今から始まる。

「われわれがイエスを通して休みに入る時、天国はこの地上に始まる。わたしのもとにきて、わたしに学びなさいとのイエスの招きに応じてみもとに行く時、われわれの永遠のいのちが始まる。天国はキリストを通してたえず神に近づくことである。幸福な天国にいればいるほどますます栄光がわれわれに示されるであろう。神について知れば知るほど、われわれの幸福はまし加わるであろう。」各時代の希望

「キリストのような、伝道に生涯をささげる人々は、本当の幸福の意味を知っている。彼らの関心や祈りは自己をはるかに超えるものである。彼らは他人を助けようとする時に、自分も成長している。彼らは最も大きな計画、最も感動的な計画を熟知するようになって、自分自身を光と祝福の聖なる通路とする時、どうして成長しないはずがあろうか。そのような人々こそ天来の知恵を受けるのである。彼らはキリストのすべてのご計画においてますますキリストと提携するようになる。霊的不振の機会はない」 教会へのあかし 第9巻

モーセさんが仮に約束の地に入ったとして、戦争続きだったらどうだろう。

「もし、モーセの生涯が、カデシの岩から水を出す誉れを神に帰さなかったあの1つの罪で傷ついていなかったならば、彼は約束の地に入り、死を見ずに天に移されたことであろう。」人類のあけぼの

やっぱりそうだよね。天に移されないと幸せではない。

「モーセは死を通ったが、腐敗する前にミカエルが降りてきて、彼に命を与えた事を私は見た。 遺体は自分のものだとサタンは主張していたが、ミカエルがモーセを復活させ、天国に連れて行った。」人類のあけぼの

それにしても、あれだけ反抗的であったモーセさんの民がどうしてこんなに従順になったのだろう。モーセさんの死の影響は、約束の国に入れなかった、型としてとの天国に、民のつぶやきが原因で岩を2回打って入れなかったのも大きかったと思う。

「モーセの命と彼の務めが、なおも続いて、彼から人々が譴責されることよりも、この愛する指導者が取り去られることのほうが、イスラエルにとっては、さらに大きな譴責であった。彼らが、モーセの生涯を苦しいものにしたように、将来の指導者の生涯は苦しいものにすまいという自覚を、彼らに持たせることを神は望まれた。神は、祝福を与えて、民に語られた。そして、それが感謝して受け入れられないと、その祝福を取り去って、彼らが自分たちの罪をさとり、心から神に立ち帰るように導かれる。 」人類のあけぼの

「イスラエルのためになすべきヨシュアの働きは終わった。彼は、「全く主に従った」(民数記32:12)。そして彼は、神の書の中で「主のしもべ」と書かれている(ヨシュア24:29)。彼の労苦の恩恵をこうむった時代の人々の歴史は、公の指導者としての彼の品性の尊い証言である。「イスラエルはヨシユアの世にある日の間、また……ヨシュアのあとに生き残った長老たちが世にある日の間、つねに主に仕えた」(同24:31)。 」人類のあけぼの

一番のしあわせは イエス様と一緒に働く事、

アブラハムさんもモーセさんもヨシュアさんも幸せだったと思う。本当の幸福の意味、全世界の人々が、どれほどの人々が彼らによって大きな喜びと救いをいただいたことだろう。

 「神の国を何に比べようか。また、どんな譬で言いあらわそうか」とキリストは言われた(マルコ4:30)。キリストはこの世の国を用いて神の国をあらわすことはできなかった。神の国に匹敵するものを、社会の中に見つけることはできなかった。地上の王国は、優勢な権力によって治めるが、キリストの国では、武器や抑圧の道具がことごとく消し去られている。神の国は人間を高め、高貴にする。神の教会はさまざまな賜物に満ち、聖霊を受けてきよい生涯を送るものの宮廷である。教会員たちは、自分たちが助け祝福するものの幸福の中に、自分たちの幸福を見つけるのである。 艱難から栄光へ 第1章 人類救済への神の計画







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