燃える柴 2025年第2期出エジプト記第2課

 「ここに、ヨセフのことを知らない新しい王が、エジプトに起った。」

おそらくイスラエルの人々はエジプト人には伝道していなかった。また周辺諸国にも伝道していなかった。あるいはわずかだった。なのでヨセフさんを知らない王が起こった。

神さまがイスラエル人を通じて福音を伝える使命は果たされなくなった

そこで迫害が起こった。初代教会も同じ。教会を守ることが何より大切だと思い、外の世界に出ていかなかったので大迫害が起こった。

おそらく民の多くは、祈りも形式的、真剣に祈りもしなかったのだろう。

「主はまた言われた、「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、また追い使う者のゆえに彼らの叫ぶのを聞いた。わたしは彼らの苦しみを知っている。」

そして、モーセさんが遣わされた。有名な眼科医がキューバに伝道に行ったとき、使っても使ってもお金が入っている封筒を神様がくださった。

それと同じように燃えていても燃え尽きない柴を見た

https://www.youtube.com/watch?v=QMdfzVFI5bM&list=PLOjYdQXZBkvmPLtNzLEjkQjcw0CVcSZkb

「この大いなるみこころは型と象徴とをとおして予表されていた。キリストがご自分をモーセにあらわされた時の燃えるしばは神をあらわした。神をあらわすためにえらばれた象徴は、見たところ何の美しさもないつまらないやぶだった。ここに無限の神が宿られた。憐れみに富まれる神は、モーセが見ても生きられるように、その栄光をごくつまらない象徴の中におおいかくされた。」各時代の希望 第1章 「神われらと共にいます」

人は つまらないものではなく、素晴らしいものを求める。しかし、神さまはつまらないものに宿られて、神聖なものにされる。

つまらない仕事、つまらないお手伝い、つまらない事に、イエス様がおられると素晴らしいものに変わる。

放蕩息子のお兄さんの一番の問題は、弟を探していないこと、つまり、伝道していない。なので、弟が帰ってきても喜ばない。

イスラエルの人々も全くそうだった。なので、散らされた。

9.11を知らない青年たちがいる。ペンタゴンにアルカイダの自爆テロ機が突っ込んだ時、セブンスデーアドベンチスト教会が3人そろって寝坊した。突っ込んだ棟にいた職員は、神さまから「別の棟に移りなさい」との御声を聞いた助かった。

ヨセフさんから400年 民も一部の人を除いて、ヨセフさんのことももうすっかり忘れていたのだろう。


「わたしは、いったい何者でしょう。わたしがパロのところへ行って、イスラエルの人々をエジプトから導き出すのでしょうか」。」

この時、モーセさんは準備ができた。モーセさんはエジプトの王子として 人間の力、軍事力で出エジプトをするように召されたのではない。

出エジプトではなく、福音、神さまの福音を伝えるため。なので神さまのお力でなされる必要があった。「わたし」がと自分の力で岩を2回たたいた時にはお叱りをいただいている。

「わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。」

天国に入って、イエス様にすべての栄光を冠としてささげられる者になるために、神さまは私から離れては何一つできない」ように清めてくださる。





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