そんな小さな事とは

 命は食物にまさり、からだは着物にまさっている。からすのことを考えて見よ。まくことも、刈ることもせず、また、納屋もなく倉もない。それだのに、神は彼らを養っていて下さる。あなたがたは鳥よりも、はるかにすぐれているではないか。あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。そんな小さな事さえできないのに、どうしてほかのことを思いわずらうのか。」ルカによる福音書12章23-26節

命は食物にまさっている。

しかし、自分の寿命をわずかでも延ばすこと・・・はそんな小さな事

では、世の中の思い煩い、不安、心配、健康、老化、仕事、人が言う事を聞いてくれない、などなどは、どれほど小さな事だろう。

「信じる者には、死は小事にすぎない。キリストは、それをたいしたことではないかのように語っておられる。「もし人がわたしの言葉を守るならば、その人はいつまでも死を見ることがないであろう。……わたしの言葉を守る者はいつまでも死を味わうことがないであろう」(ヨハネ8:51、52)。クリスチャンにとって死は眠り、一瞬の沈黙と暗黒にすぎない。生命はキリストと共に神のうちにかくされ、「キリストが現れる時には、あなたがたも、キリストと共に栄光のうちに現れるであろう」(コロサイ3:4)。」

               各時代の希望  第81章 「主はよみがえられた」

では、大きな事とは?

「人々があなたがたを憎むとき、また人の子のためにあなたがたを排斥し、ののしり、汚名を着せるときは、あなたがたはさいわいだ。その日には喜びおどれ。見よ、天においてあなたがたの受ける報いは大きいのだから。彼らの祖先も、預言者たちに対して同じことをしたのである。」ルカによる福音書6章22-23節

「小事に忠実な人は、大事にも忠実である。そして、小事に不忠実な人は大事にも不忠実である。だから、もしあなたがたが不正の富について忠実でなかったら、だれが真の富を任せるだろうか。」ルカによる福音書16章10-11節

真の富が大事

「なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである。わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。」

コリント人への第二の手紙4章17-18節


しばらくの 軽い 艱難・・・

永遠の 重い あふれるばかりの栄光

「永遠の命とは、唯一の、まことの神でいますあなたと、また、あなたがつかわされたイエス・キリストとを知ることであります。」ヨハネによる福音書17章3節

「うたれた神の小羊をながめながら、ユダヤ人たちは、「その血の責任は、われわれとわれわれの子孫の上にかかってもよい」と叫んだ(マタイ27:25)。その恐るべき叫びは、神のみ座にのぼって行った。彼らが自らの上にくだしたその宣告は、天に記録された。その祈りは聞かれた。神のみ子の血は、永遠ののろいとなって、彼らの子らとそのまた子らの上にあった。 

それは、恐ろしくもエルサレムの滅亡に実現された。それは、恐ろしくも1800年間にわたってユダヤ国民の状態にあらわされてきた。すなわち彼らは、ぶどうの木から切り離された枝、集められて焼かれる枯れた、実をむすばない枝であった。世界中どこの国でも、幾世紀にわたって、彼らは、罪とがのうちに死んだ。 

その祈りは、恐ろしくも大いなるさばきの日に成就するのである。キリストが、やじ馬どもにかこまれた囚人としてではなく、ふたたびこの地上にこられる時、人々は彼を見るのである。その時彼らは、イエスを天の王として見るのである。キリストはご自身の栄光と、天父の栄光と、聖天使たちの栄光のうちに、こられる。勝ち誇った美しい神の子ら、千々万々の天使たちが、比類のない美しさと栄光とをもって、キリストの道中につき従うのである。その時キリストは、栄光の王座におすわりになり、その前に万国の民を集められる。その時すべての目はキリストを見るが、キリストを刺した者たちもまた見るのである。いばらの冠の代わりに、キリストは、栄光の冠——冠の中の冠をつけておられる。あの古い紫の王衣の代わりに、キリストは、「どんな布さらしでも、それほどに白くすることはできない」ほどの真白い衣を着ておられる(マルコ9:3)。「その着物にも、そのももにも、『王の王、主の主』という名がしるされている」(黙示録19:16)。キリストをあざけり、打ちたたいた人たちもそこにいる。祭司たちと役人たちは、ふたたびあの法廷の光景を見る。あらゆる出来事が、火の文字で書かれているかのように、彼らの前に現れる。「その血の責任はわれわれとわれわれの子孫の上にかかってもよい」と祈った人たちは、この時、その祈りの答を受けるのである。その時全世界は、知り、そして理解する。 各時代の希望 第77章 ピラトの法廷で

実際に世界史の通り。

「その像の頭は純金、胸と両腕とは銀、腹と、ももとは青銅、すねは鉄、足の一部は鉄、一部は粘土です。あなたが見ておられたとき、一つの石が人手によらずに切り出されて、その像の鉄と粘土との足を撃ち、これを砕きました。こうして鉄と、粘土と、青銅と、銀と、金とはみな共に砕けて、夏の打ち場のもみがらのようになり、風に吹き払われて、あとかたもなくなりました。ところがその像を撃った石は、大きな山となって全地に満ちました。

 これがその夢です。今わたしたちはその解き明かしを、王の前に申しあげましょう。王よ、あなたは諸王の王であって、天の神はあなたに国と力と勢いと栄えとを賜い、また人の子ら、野の獣、空の鳥はどこにいるものでも、皆これをあなたの手に与えて、ことごとく治めさせられました。あなたはあの金の頭です。」ダニエル書2章32-38節

ダニエルさんは時に、難攻不落の国、絶対王国バビロンが滅びることを知っていました。

今の国々もまた、いつまでも続くのではないことをダニエルさんは知っていました。

「それらの王たちの世に、天の神は一つの国を立てられます。これはいつまでも滅びることがなく、その主権は他の民にわたされず、かえってこれらのもろもろの国を打ち破って滅ぼすでしょう。そしてこの国は立って永遠に至るのです。」ダニエル書2章44節





 





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