癒してください ではなく さわってやっていただきたい

 「愛された3人の弟子たちでさえ、どんなに理解がにぶかったかということは、キリストが目の前に迫っていることについてすっかり話されたにもかかわらず、死からよみがえるとはどういうことだろうかと互にたずね合ったことにあらわれている。それでも彼らは、イエスに説明を求めなかった。将来についてのイエスのみことばは、彼らの心を悲しみで満たした。彼らがそういうことは決して起こらないようにと信じたがっていることについて、彼らはもうこれ以上示されることを求めなかった。 」各時代の希望 第47章 奉仕

この時、彼らは死からよみがえったモーセさんを見たばかりでした。それでも死人の中からよみがえるとはどういうことかと、と互いに論じ合ったと書いてあります。
目の前で奇跡を見ていながら、論じている・・・これは自分にはさらに十分あり得る。

「そのうちに、彼らはベツサイダに着いた。すると人々が、ひとりの盲人を連れてきて、さわってやっていただきたいとお願いした。イエスはこの盲人の手をとって、村の外に連れ出し、その両方の目につばきをつけ、両手を彼に当てて、「何か見えるか」と尋ねられた。すると彼は顔を上げて言った、「人が見えます。木のように見えます。歩いているようです」。それから、イエスが再び目の上に両手を当てられると、盲人は見つめているうちに、なおってきて、すべてのものがはっきりと見えだした。そこでイエスは、「村にはいってはいけない」と言って、彼を家に帰された。」マルコによる福音書8章

癒してください ではなく さわってやっていただきたい するとイエスさまはそれを遥かに超えてなして下さっておられる

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