100日間の祈り 19日目 ユナイテッドプレイヤー 2026年5月21日 ルカによる福音書18章2
自分を義人だと自任して他人を見下げている人たちに対して、イエスはまたこの譬をお話しになった。
10 「ふたりの人が祈るために宮に上った。そのひとりはパリサイ人であり、もうひとりは取税人であった。
11 パリサイ人は立って、ひとりでこう祈った、『神よ、わたしはほかの人たちのような貪欲な者、不正な者、姦淫をする者ではなく、また、この取税人のような人間でもないことを感謝します。
12 わたしは一週に二度断食しており、全収入の十分の一をささげています』。
13 ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天にむけようともしないで、胸を打ちながら言った、『神様、罪人のわたしをおゆるしください』と。
14 あなたがたに言っておく。神に義とされて自分の家に帰ったのは、この取税人であって、あのパリサイ人ではなかった。おおよそ、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう」。
われわれの義はイエス様の内のみに見いだされる。
「外見上どんなにりっぱに律法をまもってみても、それは、単純な信仰と全的自己否定の代わりにはならない。しかし、人間は、自分で自分をむなしくすることはできない。ただキリストが働いてくださることに同意することができるに過ぎない。そうすれば魂は次のように言うようになろう。わたしは弱いのです。そして少しもキリストに似ていません。このようなわたしですが、どうぞお救いください。主よ、わたしの心をお受けください。わたしはこれをささげることはできません。これは、あなたのものです。どうぞきよく保ってください。これを、わたしが保っていることはできません。どうぞ、わたしを練り、形造り、清い聖なるふんい気の中に引き上げて、あなたの豊かな愛の流れが、私を通って流れ出るようにしてください。
この自己否定は、クリスチャン生活の出発において行うばかりでなくて、天に向かって前進するごとに、新たにしなければならないのである。わたしたちの行う善行は、すべて、わたしたちの外からの力によるものである。であるから、、常にはげんで神を仰ぎ、絶えず心をくだいて罪を告白し、神の御前に心を低くする必要がある。わたしたちは、絶えず自己を捨て、キリストにたよることによってのみ、安全に歩くことができる」 ~豊かな人生の秘訣~
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